「転職失敗談から学ぶ失敗しない転職方法の秘訣」からの抜粋
将来性に不安を感じ、スナックへ転職
30代前半男性です。私は以前関東で働いていました。30歳になった頃、その職場の将来性に不安を感じ、思い切って転職を決意しました。雇用保険もあったので、幾分余裕をもって活動できると思っていましたが、結果は惨敗・・・縁がなく、どこの会社にも就職できず、雇用保険も切れてしまいました。とうとう貯金を崩し始め、精神的にもかなり追い込まれました。
そんなある日です。知人でスナックを経営している人に世間話でその話をしたところ、じゃあうちにくれば?とい言われました。ここが人生の別れ道でした。冷静さを欠いていた私はその提案に乗ることにし、福島への転居と転職を決めました。
予め時給も聞いていて、生活が出来るレベルだと安易に考えていましたが、いざ蓋を開いて見ると全く違う現実が待っていました。
まず用意された部屋です。お世話にも綺麗とは言えない築年数が古いアパートでした。外観を見た瞬間に、住みたくないと思いました。物件に空きがあると聞いていましたし、ある程度の古さは覚悟していたんですが、想像以上でした。トイレは、和式、お風呂にはシャワーもありませんでした。そこでもう大分後悔していました。
さらに追い打ちをかけるように状況は変わります。それは時給です。事前に聞いていた時給よりも数百円低かったのです。理由としては、女の子も雇っているし、まだお客さんを持っていないからということでした。
これには流石に怒りを覚えました。正直時給を聞いて色々と妥協して、転居転勤を決めたのに、いきなり時給が違うなんて、正直詐欺だと思いました。個人経営だから出来ることであって、一般企業であれば絶対に許されないことです。
さらに業務が始まり、さらに問題は起こります。そこのお店の給料だけでは生活できなくなりそうなのでダブルワークを探したのですが、夜の拘束時間が長すぎるんです。閉店1時間以上前に入店させられるし、閉店後も店主が酔っ払い、2時間以上拘束されます。
もちろんそこには時給は発生しません。時間ばかりが取られていき、ダブルワークを何とか始めたものの体と心がどんどんおかしくなっていきました。
そして店の都合で仙台に移転した時点で、私の中で何かが切れました。もう無理だ・・・と。知らない土地だからと、時給はさらに下げられ、重なる転居により、出費ばかりが重なりました。その頃には新人の女の子と500円以上も時給に差があり、でも接客などやっている事は一緒で、更に私は開店閉店作業がある。
そこはもちろん無給。精神的にかなり追い詰められた私は、行政機関に相談に行きました。その時すでに精神科などに通うほどの状態になっていたので、行政も動いてくれて、生活保護を受ける事が出来ました。シフト週6の私には治療などする余裕もなく、先生からも退店を強く勧められていたので、これでやっと自由になれると思いました。
そして、水商売に入り2年でやっと退店する事が出来ました。今はあの環境から離れただけで幸せです。
これから転職される方は、出来れば新しい転職先を見つけてから、退職する事をお勧めします。
転職失敗談から学ぶ失敗しない転職方法の秘訣